もかふぇ

-4-


「コンサルタント料、請求するぞ。」
俺はクオンにそう言った。
そう、彼は敦賀蓮と名乗っていた人物だと俺は確定している。
「おいくらでも、ただし、成功報酬ですよ?」
俺は目を見開く。
テンちゃんの前にいた時と態度ちがうぞ、おい。
「成功報酬ってな、キョーコちゃんとの橋渡しだけだぞ。結果までは保証しない。」
「なんだ、ヒデは調子がいいからって、春花が言ってたのに。」
本当に同一人物か?
髪を染めるとおとなしくなるとか、ほんとうに別人格とか、それは俺の範囲を越えている。
「なんだ、その姿だと、やけにハッキリ話をするんだな。」
「ああ、蓮には設定があるから。」
「もういい。」
俺はげんなりする。
ザッハトルテ、、まだ食ってないぞ。
「それより、手紙。ホントに名前忘れてるのか?」


「キョーコちゃん?」
俺は手芸店に入り込む。クオンは外。
「あ。」
奥の部屋から便せんを手にキョーコちゃんが現れた。
「ひょ、っとして?」
「私、見逃してたんですぅ!」
ど、どうしよう。とこれまた大きな眼が潤んだ。
「見逃した?」
・・ああ名前ね。
「えと、クオン、外にいるから、呼ぼうか?」
そういう途中で,キョーコちゃんが駆け出していった。
追いかけた俺がみたのは、
クオンに抱きつくキョーコちゃんで。

とても優しく頬を軽く染めた美貌の青年が、
キョーコちゃんの栗色の髪を撫でた。


手紙の真相は。
分厚い手紙は英文と和文の二つ。
日本語を勉強していたものの、書くには今ひとつだったクオンが、英文で書き連ねたラブレター。
キョーコに伝わらないのでは意味がないので、信用できる人に和文を書いてもらったらしい。
和文は訳だからサインがない。
キョーコちゃんは当然ながら日本語を先に読み、英文にはざっと眼を通し、気味が悪くなったから、しまいこんでしまったというのだ。
英文にはサインがあり、クオンだとわかるものだったということなのだが。
そもそも、キョーコちゃんは妖精を綴りがCornと思っていたから、Kuonとサインされてはヒントにもならないのだ。

「ずっとキョーコちゃんを探してて、見つからないから、、気に入らないけど、不破の線で探したら、、その、妖精の人形の写真もみつけて。」

「差出人がコーンだとわかれば、こんなに嬉しいお手紙なのに。」

美味しいはずのザッハトルテが飲み込めないほど、甘い。
もかふぇにいた人々は皆そう思ったらしい。

そして、俺は、格好悪くもそのザッハトルテを喉に詰まらせた。

「ひーでちゃん!」

カランコロン
もかふぇのドアが開いて、その懐かしい声に。
びっくりするほど綺麗になったその姿に。

きれいに緩やかにウェーブする栗色の髪。
ちょっと気の強そうな、はっきりした目鼻立ち。
・・・遥だ。
ネイビーブルーのシンプルなワンピース。
高校の頃と好みが変わってないな、とぼんやり思った。

もかふぇの店内はクオンとキョーコちゃんから、入り口の遥に一斉に注目する。

「美人・・・。」
村雨がポロリと言った。

「い、いらっしゃいませ。」
慌てて光君が仕事を思い出したかのように言った。
遥がにっこりと微笑む。
カツ、カツとゆっくりヒールが音を立てて近寄ってくる。

クオンが俺をみて笑った。
・・くそッ、コンサルタント料はこれか!

「綺麗になったね、驚いた。」
俺は立ち上がる。
「そ?ありがとう。」
ニッコリと笑って遥の手が俺に伸びた。
あまりに色っぽくてドキドキした俺に、痛烈な痛み。
・・・デコピン
涙が滲む。
思わず額に手をあてた俺に、遥はくしゃくしゃと笑み崩れる。

「相変わらず口が上手。パーティーで私に見向きもしなかったくせに!」

遥の後ろにクオンが見えた。笑っている、、、。
キョーコちゃんが真っ青な顔でワタワタこちらに来てくれようとする。
クオンがそれを押しとどめているのがわかった。
「いいんですか?」
敦賀くん(クオンが化けている大人しい青年)の爆弾発言は、そこだったかと。
敦賀くんは俺に会いに来て、「遥」について確認したかったのか。
・・飛田遥に会う気があるかと。
テンちゃんの美容室で、遥を知っていると言ったのは。
・・くっそ、クオンだったら最初から話できてたろうに!蓮の設定ってなんだったんだよ!

「ごめん。」

遥はまだ笑っている。そう、デコピンは痛かったが、遥は怒ってない。
「うん、ひでちゃんも相変わらずだね。」
「笑ってくれるんだ、、。」
「うん、言い訳しないから、許す。」
そっと伸びてきた手が俺のおでこに触れる。

「会いに来てくれて、嬉しいよ。ありがとう。」

俺は本当に心からの笑顔を遥にむけた。
「うん。」


「ごちそうさま。」
村雨が、新開先生が、緒方さんがそろりそろりと帰っていった。
俺はそれを視界にいれてはいるが、意識は眼前の遥に集中。
当たり前だ。
初恋の再会。
しっかも、凄い美人でどストライク。
会いに来てくれたなんて、逃す手はないのだ。

「ひでちゃんもごめんね。クオンがややこしい事をするからなのよ。」

ピキン
その親しげな話し方に、キョーコちゃんが固まる。
俺も固まりかけたが。
「ひょっとして、クオンのラブレターの訳は遥がやったの?」
「うん、そう。先生は嫌だっていうし。」
「先生?」
俺の質問に遥はクオンを振り返った。
「何よ、ひでちゃんに何にも説明してないわけ?」
「ごめんなさい。」
クオンがまるで小さな子供のようにそう言った。

「あー何処から説明しようかな?」
遥は珈琲を一口含んだ。
「あら、美味し。」
カウンター内で立ち竦む石橋兄弟にニッコリと遥が笑みかける。
「あれ、社君もそこに、コソコソしないで、こっちいらっしゃいよ。」
「え?社君を知っている?」

店内は関係者のみとなった。
「closeしちゃおう。石橋くんもゆっくりしたらいいよ。」
俺としては、これ以上この混乱を広げたくはなかった。
「は、はい。」
光君がぎこちなく動く。

「うんとね。私、クリストファー・ヒールのエージェントをしてるの。」
「へ。」
俺はまた途方もない方向からの内容に、ポカンとしてしまった。
アメリカの人気作家。日本でも訳本が売れる稀有な作家だ。
「凄いね。」
「厭ね。あなたも作家でしょ?」
遥が微笑むが、いや、別格だからさ、自覚はあるよ?と思う。
「で、クオンはクーの息子なワケ。」
「クー?」
「あ、ごめん。クリスの本名。ちなみにひでちゃんはクーに会ってるからね?」
俺は思わずキョーコちゃんと見つめあってしまった。

ゲイ疑惑に始まった「クオン」の正体。

「クーは日系ハーフで、たまに日本に来てるのよ。でね、ひでちゃんの小説がお気に入りなんですって。」
「俺の小説?」
「ま、それでね。遥は秀に会うべきだってクーが言い始めたから、来たのよ。」
「で、クオンは初恋の女の子に会いに、日本に行きたいと云うし。」
遥はまたカップに口をつけた。
クオンは黙っている。
クリストファー・ヒールの奥さんって、スーパーモデル、、だったか。


「初恋の女の子?」
キョーコちゃんがびっくりしたように言った。
、、あ、そりゃそうだよな。人気モデルにいきなり初恋言われても。
しかも、キョーコちゃんの悩み相談を受けていた俺としては、「妖精コーン」は、ちょっと恋とは違うんじゃないかと。

「そうらしいのよ、キョーコちゃん。クオンからじっくり聞いて頂戴。」
ばっさり。
遥らしいけど。
うん、確かに、遥が話すことじゃない。
「まあ、クオンなりに悩んで考えた結果、目立たないように時々日本に来てたらしいのね。それが『蓮』、で、クーの邦訳本の担当者が社さんなのよ。」
「え?」
俺は改めて社くんを見た。
自分以外の担当作家に興味なかったとはいえ、、。

「で、ひでちゃん。あなた女連れで絡まれてたんですって?」
ヒヤリ
「クーが達人を紹介してやったんだって、嬉しそーに語ってくれたのよね。」
あ!!恩人!、、お前らしいって。
「真面目に達人のところ通ってたんでしょ。」
遥がじっと覗き込んでくる。
うっ
やっぱり胸が熱くなる。俺は初恋に捉われているんだ。
適わなかった、わけじゃないけど。

成田空港が嫌いだ。
涙で遥の顔がちゃんと見れなかった、場所。
遥とろくな思い出も作れずに別れた、場所。
ガキだったから。
太平洋は大きすぎた。
諦めた。
、、クオンのようには、動けなかった、俺。

「ひでちゃん、なんて顔してんの?」
遥がくしゃくしゃっと苦笑いのような、、大好きだった照れ隠し笑いをした。

「俺、やっぱ、遥が好きだ。」

「うん、知ってる。」
にこりと笑ったその笑顔は、、
アメリカに留学すると言ったあの笑顔で、
俺はまた、振られたんだと、思った。


「あのね、クーがあなたの本を英訳したら、どうかっていうの。」
俺はもうどんな顔になっているんだか、さっぱりわからない。
仕事を評価されるのは、嬉しい。
けれど、こう二度も同じ相手に振られるのは痛いというか。

「クーのお墨付きでデビューなのよ?」
にかっと夜の街で笑った恩人を思い出す。
「・・・ちょっと驚きすぎてさ。」

「それでね、ひでちゃんちに泊めてもらいたいんだけど?」

「は?」

俺の顔がびっくり仰天だったのは間違いがなく。
カウンター席にいたメンバーも驚愕し、キョーコちゃんが真っ赤になって、クオンが笑った。

「と、泊めるって。」
「だって、私の事好きなんでしょ?私もひでちゃんが好きよ?」

いや、えと、あっと。
うちじゃ、あまりにムードがない。とか。

「ごめんね、ホテルはたぶんキョーコちゃんに譲った方がいいから。」
くるりと遥が振り返る。
「たぶん、クオンが、がっついちゃうから、逃げ場所に提供してあげる。」
ぴっと遥はキョーコちゃんにカードを差し出した。
カウンターで、光くんが椅子からおちた。

「がっついちゃうって、あの、、」
真っ赤なキョーコちゃんに、遥がにっこり笑う。
「うん?クオンも好きな女の子を前にして、理性ばっかりではいられないと思うのよね。」
「あのさ、遥。俺も理性ばっかりとはさ。」
かろうじて意見をはさむ。
「うん。だからね、クオン、明日お昼に集合ね。」
遥がてきぱきと仕切って、社くんはじめみんながほけーっとする中立ち上がった。
「じゃ、みんな、お先にね。」
俺は手を引かれて、もかふぇを後にした。
・・・お昼って。

すまん、石橋くん。
クオンが真っ赤になったキョーコちゃんをお姫様だっこして、もかふぇをでてきた。
タイミングよく止まったタクシーに乗り込んでしまう2人。

俺はそんな光景を横目に、遥に引きずられるように、夢見心地で歩いた。


「綺麗になったね。」
俺は余裕無く、彼女の唇を奪った。
『遅れてきた初恋』

そうタイトルした小説は『遅れてきた春』の続編として好評を得た。

社くんは時々甘味をお土産に居座って、たまに奏江ちゃんに微笑んでもらっている。
光くんは千織ちゃんと一緒に毒ノートを始めた。
キョーコちゃんのお菓子は完全に不定期になってしまった。
「キョーコのお菓子が食べたいなら、こっちに来なさいよ。」
けろりとロスから月1度やってくる恋人はそうのたまう。

なんだかんだいって、初恋は大事なのだ。


今日もまた、もかふぇはのんびりと営業中。

*END*

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初出 2014/1/13~2014/1/18

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