もかふぇ

-3-


「あのさ、話をきくのはいいけどさ、、状況を考えてくれよ。」
シャンプー台で仰向けになっている俺、その隣のシートにがっくり座り込んでいる敦賀君。
「まあ、センセ聞いてあげてよ。」
洗ってくれてるのは、アシスタントだから、テンちゃんは座り込む敦賀君の横で笑っている。

「つまり、この前は俺に恋愛相談するつもりで来て、当の本人がいて、何も言えなかったってこと?」
「はい。」
「もうさ、コンサルタント料とか払って欲しいよ。」
「あ、払います、すいません。」
俺は盛大にため息をついた。冗談なんだけど。
「君の挙動不審のお陰で、、、迷惑千万なんだよ。」
社君がソッチでないことはわかってよかった。
社君も事情を知っているから、何も答えられなかったというのも、わかった。
でも、やっぱりあの言葉はキョーコちゃんを傷つけた。
「キョーコちゃんは君のことを知らないよね。」
「・・・知らないんじゃなくて、たぶん、覚えてないんです。」

「ま、しかも、いきなり好きだって言ったら、逃げるよね。」
「でしょう?」
テンちゃんが小気味よく鋏を動かし始める。
「この子はモテてきちゃったから、告白なんて初めてらしいわよ。」
敦賀君は相談といいながら、積極的に話をしない。
ちょっとキョーコちゃんに似た、煙にまくような話し方。
「自分がさ、いきなり女の子に「好き」って言われて、心が動いたことある?」
俺は、無い。少なくとも、こっちも好意をもってたら多少は別だが、、。
敦賀君は黙ったまま。
「・・・ないですね。」
「だからさ、自分だったらどう告白されたいか、じゃないの。」
「キョーコちゃん、モテるしね。」
がばっと顔を上げて、縋るような表情。おおきな犬じゃないんだから、、
「ていうか、俺は婚約者なんだよ、なんか、そもそも間違ってるよ?」
「いや、それはフリだって知っているので。」

誰か俺の平穏な日々を返してくれないか。
気分よくいい男に仕上がって、出掛けるつもりだったのに。

「そういや、遥ってどのハルカ?」
話の繋がらない敦賀君に業を煮やして、俺は疑問をぶつけた。
「どのハルカ?」
「俺の作品に、ハルカはあちこち出てくるんだよ。君はどれかに拘ってるんだろ?」
あ、しまったとでもいう敦賀君の顔。右に左に視線が泳いで、口を開いた。
「、、、遅れてきた春、です。」
「・・・・」
俺はいまどんな顔をしているだろう、、、
あの話は。

「センセ?顔が真っ青。」
「あ、だいじょぶ、、驚いただけ。」
「俺、「飛騨 春花」さんを知っているんです。」
敦賀君の声。
「そ、それなら、キョーコちゃんにモデルかとか聞かなくても、、。」
「いえ、あの、彼女がモデルなら、俺は勘違いしてるんじゃないかと思って。」
「あ、ああ、そういうこと。だから、「いいんですか?」だったんだ。」
「・・・そうです。」
「、、飛田さん、元気にしてるんだ?いま、こっち?」
敦賀君はまた視線を泳がせる。
「元気ですよ。、、、あの、まだ独身ですし。」
「はぁ?」
俺の声は腑抜けていた。

「飛騨春花」のモデルは、飛田遥。俺の初恋。高校時代の綺麗な思い出。
「遅れてきた春」はスランプの時に半ばやけくそに自分の思い出を書きなぐった作品だった。予想外の評価、ヒット、、ドラマ化さえして、俺は一躍有名人になった。

「またね。」
成田で彼女を見送って、もう10年、、。
探さなかったし、
初恋は、そうして綺麗なまま終わったんだ。

「初恋の再会」
書きかけのコラムが頭に浮かんだ。

・・・・・
「あれ?お帰りなさい。」
カウンターに座っていた千織ちゃんが、何か疑わしげな目をして迎えてくれた。
カウンター越しには奏江ちゃんと雄生くん。
、、、光君いなくてよかった。

遥との橋渡しの代わりに、キョーコちゃんへの橋渡しを約束した俺。
、、、最低かも。
敦賀君は、企んでいたんだろう。

「初恋相手の再会」
というコラムを振ってきたのは、社くんの、LMEの雑誌だから、多分そのネタで話が出たんだ。

「俺の初恋なんです。」

いや、知りたいのはそこじゃないんだけどな。と思いつつ。敦賀君の初恋なんてどうだっていい。どこでキョーコちゃんに恋したんだ?そっちの方が知りたかった。

「キョーコちゃんの初恋は、妖精だから。」

意地悪のつもりで投げた言葉に、敦賀君がえもいわれぬ微笑みになった。
、、、なんだキョーコちゃんの勘は当たってるんだ。

「そっか、君がコーンなんだ。」

そして敦賀くんが固まった。
だから、遥を何故知っているのか、とか、敦賀くんの正体は一体何かとか、そういったことは聞き出せずに、また、改めて、となってしまった。
多分、テンちゃんは知っているんだろう。
彼女が、「また今度。」といったから。


そして、水曜日がやってきた。
キョーコちゃんのいる、もかふぇ。

俺の前に凄い顔で座り込んでいるのは、村雨。
「納得がいかないんで。」
「いや、ほら、それは方向が違うから。」
「キョーコちゃんが惚れたのが先生なのは仕方ないとして、先生がさ。」
まったく、敦賀君といい、コイツといい、失礼極まりないよな。
「惚れっぽいから、不適格?」
「守りきれるかってさ。」
くいと外へ出ろ敵な仕草。
コイツは総て腕で解決すんのか。
まったく、ちゃんと人をみろよなぁ。
、、いっか、ちょっと体は動かした方が美味しくケーキが食べられる。
「痛いのは、俺、嫌なんだけどなぁ。」
ガスガスと歩く村雨の後についていく。
まあ、場所は当然もかふぇから見える駐車場。
「貴島さん大丈夫なんですか?」
キョーコちゃんの声。
「死にはしないから、美味しいケーキ取っといてね。」

「・・・・・」
「逃げんじゃねぇ」
村雨君が肩で息をしている。
無駄が多い動きだからねぇ、、
「逃げてないよ、なんとか、かわしてるだけ。怖いもん。」
「怖いもんって、オッサン!」
ムキっとくりだしてきた拳をしゃがんでよける。
「疲れるからさ。」
そのまま村雨の懐に手を伸ばして、突いた。
ドテッ

「はい、おしまい。スッキリした?」
「・・・・。」
「後ろから襲いかかってもいいけど、キョーコちゃんにみえてるからね?」
伊達に歳はとってないし、遊んでないって。
「いい運動のあとは美味しいコーヒーとケーキだね。」
すたすたと戻る、もかふぇ。
村雨のおかげで、最近の鬱々がちょっと晴れたのは内緒にしておく。
・・・・

「このまえは、ごめんね。」
社君はもかふぇに入ってくるなり、キョーコちゃんに深々と頭をさげた。

村雨と運動して、戻った店内。
「なんか体術とかやってんすか?」
こんどは少年のようにキラキラしてくっついてくる村雨に、おいおい、プライドはどこにいったよ?と突っ込みをいれたかったが、やめた。
たぶん、負けたらあっさりそれを認めるのもプライドだろう。
「まあね。」
女連れで俺みたいのが歩いていたら、たいていタチの悪いのに絡まれるから。絡まれてるところを救ってくれた恩人に師匠を紹介してもらった。
受け流して、一瞬を突く。
お前らしいだろ、と恩人が言ってくれて、かなり驚いた。


「いいえ、そんな気にしないで下さい。」
キョーコちゃんはぱたぱたと手を慌ただしく振って、社君を席に座らせる。
「でも、ちゃんと、話してくださいね。」
ぴしっと捨て台詞。
社君が、俺に救いをもとめるような顔でみてきたが、こればっかりは無視。
きっと、敦賀君は社君に事情を多少話をしている筈で。
でも、俺からは話さない。
社君が悪いわけじゃない。
敦賀君が自分ですべきことがあるからだ。


「貴島さん、どうぞ。」
キョーコちゃんは、にこにこして、本日のザッハトルテをサーブしてくれた。
そういえば、キョーコちゃんは俺を先生とは呼ばないな。
それが好感に繋がったんだけど、、作家の前にただの甘い物好きの男ぐらいだったのかな。
「どうしました?」
「うん、なんか、今日は特に可愛い気がして。」
ブワッとキョーコちゃんはすぐ赤くなる。
「また軽口ーっ。」
「だって、婚約者だよ?俺。」
ふよふよと言い返そうとしている口が戸惑っている。
このぐらいの役得はあってもいいと思うんだけどな。
それにしても、キョーコちゃんは褒め言葉に弱い。
可愛いからいいけれど、こう少しは捻ってもいいんだよなぁと、余計なことを吹き込みたくなる。

「・・いらっしゃいませ。」
キョーコちゃんの歯切れの悪い声。
俺はフイとドアを見て、、溜息をついた。
・・・・もう運動はしたくないんだよなぁ。
チラリと村雨を見る。
村雨は気づかずに、ケーキを頬張っていた。
ああもう、まだケーキ食べてないんだけど。

「あ、悪いね。今日は貸切なんだ。」
俺は奥のテーブルから立ち上がる。
店内が一気に緊張した。
カウンターにいた石橋3兄弟も、ケーキを頬張った村雨も、そして社君もだ。
加えるなら、店内にいた花屋の緒方君も本屋の新開先生まで、入口を振り返る。

「・・・なんや、お茶屋のボンか。」
ボソッとカウンター内で慎一が呟いて、空気が萎みかけたが、キョーコちゃんが俺の加勢に気炎を吐きそうになる。
「慎一くん、塩!」
キョーコちゃんがカウンターに向かって手をのばす。

「キョーコちゃんは座ってて。」
俺はキョーコちゃんを嗜めて、入口で仁王像みたいになった不破に笑みかける。
「貸切なんだよ、不破君。」
「ちゃらちゃらうるせえよ。」
「、、君の方がちゃらちゃらに見えるよ。」
このお茶屋の馬鹿息子、、と思った俺の視界に、、外人。

「邪魔だ。」
上から声。
俺も馬鹿息子も長身なのだが、、それより高い。
あ、敦賀くんも同じぐらいデカイな、などと俺はのんびりと思った。

「なんだよ、貸切りじゃねぇじゃん。」
不破が食い下がる。
「君は招待客を知ってるのかい?」
不破が黙る。
「キョーコと話したいんだ。」
「やめてもらえないかな。君に快くどうぞとはいわないよ。俺の婚約者なんだから。」
「おまっ。」
「不破君、下がろうか?営業妨害って訴えてもいいよ?」
俺はまた笑顔だったと思う。
が、不破の顔は蒼白になった。
俺にでなく、俺の後ろ?
チラリと後ろを見れば、さっきの外人。

「貴様が、不破か。」

迫力満点の低い声。
殺気。

じりっと不破が後ろに下がる。

「アイサツに行こうと思ってたからな。」

、、金髪碧眼の綺麗な顔が、ドサ回り のその筋の人のような「アイサツ」
「はん、たかがモデルごときに、アイサツしてもらう必要ねえよ。」

「違うね。アイサツ違いだ。」
俺はニヤニヤしてしまう。


ぶわっさーっ

俺は一瞬目の前の事象に眼を疑った。
不破とクオンが事を構える気だと思って、俺は店内に少し下がっていた。
あ、不破がモデルといったので、「クオン」の名前を思い出したのだ。

あははは

クオンがその長身を屈めて笑いはじめ、
俺も吹き出した。

真っ赤になったキョーコちゃんが「食塩」と書かれた袋を握りしめている。

不破の黒ずくめの服には白い粉。
たぶん、、、小麦粉もまぜたんだろう。塩だけならこんなに白くはならない。
ちらりとカウンターの光君をみる。
なにしろ光君は不破を天敵としているから、、なげつけようと咄嗟に用意して、キョーコちゃんに奪われたのだろう。
・・・まったく、掃除は君等で頑張ってくれよ。

「帰って!もう二度と私の前に現れないでっ!!!」

「なんだよ、人が謝ってやろうってのに。」

「理由なんてなんだっていいから、見たくないのよ!!」


「あ、大丈夫だよ、キョーコはアメリカに行くから。」

くすくすと笑ったクオンに、この場に居合わせた全員が固まった。

「はぁ?」

いちばん大きな疑問の声は、キョーコちゃんからあがった。
クオンだけが何か楽しそうに微笑んでいて、不破は口をあんぐり開けているし、俺も瞬きを忘れた。

「あの、差出人はあなただったんですか???」

キョーコちゃんの発言はさらに訳のわからない展開になる。
そして、その言葉にクオンが今度は眼を丸くした。

「え、俺だってわからなかった?」

「いや、ですから、、、あなた、、誰?」

「誰って、ひどいよ、キョーコちゃん。」

「キョーコちゃん、、て。」

「だって、名前書いてなかった・・・・。」

クオンの顔色はだんだん青くなってきた。

事情を察するに、、
キョーコちゃんのもとに差出人不明の
おそらく、"熱烈な"ラブレターが届き、、
気持ち悪くなったキョーコちゃんは、、
俺に「婚約者」というガードを依頼した。

そりゃ、気持ち悪いよな。
エアメールだろ?
よく名無しでなんか、、
いや、違うか。
本名書かれてても、キョーコちゃんがわかる名前じゃなかったのか?

「キョーコちゃん?名前が書いてなかったって?」
俺はつい口を挟んでしまった。
「あの、住所しか、書いてなかったんです。」
ぶっ
端正な容姿の青年が、茫然と立ち竦む。
・・いや、ごめん、ってか。

それにしても、なんでいきなりラブレター?
・・・それに、敦賀君??

「馬鹿じゃねえの?」
不破が呆れたようにいい。
店内もそんな残念な感じの空気になるが。

ぶわさーっ

キョーコちゃんが不破に袋ごと塩を投げつけて、

「だいっっきらいっ!!!」

叫んで走り去った。

「ちょ、キョーコちゃん!!」
こういう時の俺は身体が動く。
自分の手芸店にむかって走っていくキョーコちゃんと追いかける。
「職務放棄はこまるから〜」
俺も大概な発言だと、思いつつ、キョーコちゃんを逃がさないのは、その仕事への責任感しかないと声をかけていた。

ぴたりとキョーコちゃんが止まる。
俯いて、顔を拭う姿。
「あ、ごめん。ちょっと落ち着いたら、、「もかふぇ」に戻ってね。」
あまり近寄らずに声をかける。
「はい、ごめんなさい。」
自分の恋人だったら、こんなときは否応なく抱きしめるけど。
さすがに、それはできなかった。
・・・けどさ!
もかふぇの入口に固まる男2人。

・・やっぱり、すんなり渡せないよな。

「帰れよ。営業妨害だ。」
不破にクオン。
「そっちこそ、損害賠償だろうが!」
粉まみれがそう言う。
「訴えてくれて構わないよ。こっちにも準備はあるから。」
・・手芸店に押し込まれなくてよかったけどさ。
・・こいつも肝心な所わかってないよな。

「君もさ、日を改めてキョーコちゃんに謝った方がいいんじゃない?」
表情をなくしたクオンに声をかける。
・・日を改めたら、一層キョーコちゃんは、話を聞いてはくれないだろうけどさ。
「すいません、一緒に行ってもらえませんか?」
「はい?」
「俺が冷静に彼女に謝れるように、一緒に行ってくれませんか?」
俺は天を仰いだ。

今日は何の厄日なんだろう。



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