もかふぇ

-2-


「あ、センセ、グッドタイミングよ〜」
カロンコロンと開けたサロンのドア。
ヒョコっと顔を出した小柄な美女。美容師のテンちゃん。
彼女もこの並木道の人気者だが、彼女が目下熱を上げているのは、同じ通りのナゾな雑貨屋の主。
腕は超一流。年の半分は海外を飛び回っているから、彼女が居るのはラッキーだった。
「美人度、大人度ぐっとあげてみました〜」

「!!!」

「うん、美人で大人だ。」
もろ、ストライクゾーンです、キョーコ、ちゃん。
「、、本当ですか?」
「本当に、すごく、綺麗だ。」
ストレートの長い髪、キッチリひいたアイライン、、体のライン、、ウエストのくびればっちりのドレス。いつものキョーコちゃんとは違いすぎるよ。
「ありがとうございます。」
仄かに頬を染めたキョーコちゃんに、俺は一気に舞い上がる。
気が重かったはずのパーティが一気に楽しみになる。
、、俺は単純なんだ。美人と一緒なら、楽しくない訳がない!
テンちゃんに御礼をして、待たせていたタクシーに颯爽とキョーコちゃんをエスコート。
うきうきしながら、パーティ会場であるホテルへ向かった。


「ヒデ!」
会場に着くや否や、声をかけてきたのは黒崎。
作家仲間では割と話せる相手。
髭面で、ちょいワル風だが、かなりナイーブなのは、、まぁそうでなきゃ作家なんかしてない。
「凄え美人だな。」
キョーコちゃんを無遠慮に見る黒崎。
「だろ、俺も頑張って口説き落としたんだから、邪魔するな。あ、こいつは黒崎潮。」
「はじめまして。」
「えと、キョ、こちら、北澤ナツちゃん。」
危ない危ない。ちゃんと名前まで決めてきたのに。
「よろしく、な。ヒデに飽きたら、声かけてくれ。」
黒崎の耳が少し赤い。タイプだったか。
そして、後ろから、社君と、、敦賀くんが来るのが見えた。
キョーコちゃんも気づいたらしく、組んだ腕にキュッと力が入った。

「貴島先生!」
社君はこういうところが本当にしっかりしている。
作家が集まるパーティーで先生はいっぱいいるからね。
「ご招待ありがとう、社君。あ、こちら北澤ナツさん。ナツちゃん、こちら、俺の担当の社君。」
「はじめまして。」
「こちらこそ、、すごく綺麗な方ですね。」
社君も顔が赤い。
「だろ?俺が褒めても本人が嫌がっちゃって、今日はやっと一緒に来てくれたんだ。」
「ああ、そうなんですね。」
全くキョーコちゃんとは気づかないらしい。
そして、じっと俺たちを見ている、敦賀くん。
キョーコちゃんが少し俺の後ろに隠れようとする。
「あ、こんばんは。敦賀くん。」
「こんばんは、先生。、そちら、あの。」
やたらとニコニコされるとなんだか怖いな。
「ああ、北澤ナツさんて、俺の、婚約者なんだ。」
「、、、婚約者。」
いや、だから、なんでそこで言葉を躊躇うんだよ!怖いから。
「ナッちゃん、こちら敦賀くん。この前、もかふぇにも来てくれたんだよ。」
「あ、そうなんですか。はじめまして。」
にっこりと微笑んだキョーコちゃんを無表情に見て、そしてまたニコニコと笑う。
「、、、キョーコさんじゃ、ないの?」
「は?」
俺とキョーコちゃんが声を揃えた。
声が揃っちゃったので、お互い顔を見合わせ、嗤う。

「なんだ、ばれたか。」
社君がえっと顔を凍らせた。
「いやさ、テンちゃんにお任せしたら、別人になっちゃったし、ちょっと出来心。」
「・・・婚約者って。」
敦賀くん、一体何に引っかかっているんだか。
「あ、それは本当。結納とかしてないけど、結婚前提。」
社君がアワアワしている。
「社君ごめんね、俺も急展開だと思ってるからさ。」
「ごめんなさい。」
キョーコちゃんの絶妙なタイミング。
偽名のことか婚約の事か、うやむやになるよね、その謝り方。

「いいんですか?」

敦賀くんのピシャリとした声。
俺を見る辛そうな顔。

「俺はキョーコちゃんが好きだよ。君に何か言われる筋合いはないよね?」

はっとキョーコちゃんを見る敦賀くんの顔。
キョーコちゃんはもう半分泣きそうだ。
俺は、咄嗟にキョーコちゃんを抱きしめる。

「遥が、、あなたの最愛の人、でしょう?」
俺は敦賀くんの顔を見なかった。
社君を睨む。
「悪い。俺は帰るし、この最低野郎をウチに連れてくるな。」
俺の声は低く、地を這ったと思う。
「貴島さんっ!」
掴まれた肩。
俺は必死にキョーコちゃんを抱きしめた。
、、なんで知ってるんだ。、、遥、、は。
「帰りましょう。」
キョーコちゃんの声に、俺は、肩の手を振り払った。



「先生もキョーコちゃんも、元気だしてくださいよ。」
光君が困ったように、コーヒーを出してくれた。

パーティーは主賓のこともあって、あのまま帰るわけにもいかず、気まずいまま距離をとった。
帰り際に、社君も敦賀君も何か言いたげだったが、黙ったまま頭を下げた。

「キョーコちゃんに厭な想いをさせちゃったね。」
「いえ、私の方こそ、貴島さんに申し訳ないことをしました。」
「え?」
「私の目的もあのパーティーだったんです。」
パーティーの後、もかふぇに戻ってきたのだが。
「あ、そうだったんだ。」
ぽかんとしたのだろう、俺の顔に、キョーコちゃんが微笑む。
「敦賀さんの正体を知りたかったんです。」
「いや、俺の目的もそれだったわけだし。」
「貴島さんは、根掘り葉掘り聞かないから、、ごめんなさい。」
キョーコちゃんがぺこりと頭を下げる。

「知り合いに良く似てたんです。あの人。」

「似てるって、そりゃ随分。」
あの貌立ちがもう一人いるのは、かなり怖いことじゃないかと、思う。
光君もカウンター越しに驚いたような顔。
「でも、、、妖精ですよ?」
「はい?」
キョーコちゃんも笑っていたが、俺も変な顔だったと思う。

「そんな顔しないでくださいっ!」
キョーコちゃん、ばっちりメイクの顔で「妖精」とかいわれちゃうと、ファンタジー映画だからさ。
光君と思わず顔を見合わせた。
あ、、彼女の人形。
「まさか、コーンは人だった?」
キョーコちゃんの顔がニッコリと微笑んだ。
彼女のきれいな想い出。
店内に飾られた「妖精」のような少年の人形。
小さかったキョーコちゃんの、初恋。

「あの、先生の連載がある雑誌で、えっとOLさん向けの。」
ああ、ファッション雑誌ね。
「そこに写真が出てて。」
俺より光君の動きがはやい。
俺のいつもの席の後ろの本棚に移動している。
「何月号?」
「12月、だったと思います。」
あった〜という動きで光君がバラバラと雑誌をめくり始める。
「、、光君、キョーコちゃんに渡した方がはやいよ。」
「あ、あっ、そうですよねっ。」

ジュエリーの広告写真。
ダイヤのピアスをした美女の耳に囁きかけるような妖艶な男の顔。
・・あれ?この顔
「やっぱり似てますよね?」
俺が表情を変えたので、キョーコちゃんは勘違いしたらしい。
まあ、確かに、髪と眼の色を変えたら敦賀君、、かもなぁ。
俺が思い出したのは、、こないだキョーコちゃんの店の前にいた青年だ。

「それはクオンだよね?モデルの。」
「へ?」
俺とキョーコちゃんは雑誌を覗き込んでいた光君を見た。
「光君、詳しいんだ?」
「いや、だって来日で結構な騒ぎでしたよ?」
「え、モデルだろ?」
「やだな、先生。乙女心は先生の得意分野じゃないですか。」
そうだけれども。
映画やテレビならともかくだ。
自分の掲載誌だって、男の写真には、、眼を止めない。
「ていうか、キョーコちゃん。この写真だけで断定?」
少年と青年には差があるぞ。
「瞳の色が同じなんです。まあ、写真なんですけど。」




「おはようございます!!」
光君は元気だ。
キョーコちゃんの秘密の一端を握って、しかも、何というか華々しい感じに彼ははしゃいでいるような気がする。
結局、婚約者のフリの理由も妖精がじつはイケメン外人だったとか、辻褄は一つもあってない。キョーコちゃんは、かなりはぐらかしたままだ。
こんなのは、千織ちゃんのサスペンスのネタにはもってこいだけど、、。

「遥、、か。」
敦賀君には何か思い入れがあるんだろうか。
キョーコちゃんがモデルか?と聞いたと思えば、俺の「最愛の人」だとかいうし。
それにしても、いいんですかって、謎かけだったかな。
キョーコちゃんでいいんですか?って、聞こえて激怒したけど。
たぶんキョーコちゃんにもそう聞こえたんだろうし。

遥は、俺の作品には時々あらわれる女性。
特定の人物がモデルではない。いろんな要素が詰まった、理想の恋人ではある。
キョーコちゃんの料理の腕前とか、奏江ちゃんのツンデレとか、作品によっては表に出るものが違うはずだ。
だから、敦賀君が言う遥は、俺にはわからない。
、、、わかって欲しくはない。

「先生?おはようございます?」
資料を抱えた千織ちゃんが怪訝な顔で覗き込んだ。
「ああ、おはよう。」
「昨日、やっぱり大変だったんですか?」
「、、うん、まあ、そうだね。」
「やっぱり、迫られたんですか?」
「、、、、それは、ないから。」

カタカタカタ
〆切間近の恋愛コラム。
お題は「初恋相手との再会」。
これは女性誌だし、対象が30代前後のいわゆるアラサー向け。
未婚者も既婚者も対象にしているから、決めつけた答えは出さない。

「初恋だったのかな?」
「私が?」
女は隣に座る男の問いかけに、ふふと謎めいた微笑みをみせた。
「いい女になったよね。」
「そう。」
そんな風に、格好よく決められる再会だといいな、と僕は考えてみた。


カタカタカタ
手が動いてくから、それに任せて頭を使わない。コラムだし。
「初恋」なんてね、タイムリーっていうかなんていうかねぇ。
幼稚園の時の、、とか、バレンタインで初めてチョコもらったとか、、それも初恋の範疇だろうけど、、、これが「恋」ってもんか!、、て初めて思う衝撃だよなぁ。あ、だから、保育園やら幼稚園でもいいんだけど、、

「初恋とは違いますか?」

キョーコちゃんに真面目にきかれて、困った。

「完全にイコールではない、と思う。」

キョーコちゃんのコーンに対する想いは、ちょっと夢見る乙女的で「妖精」と化していた時点で、異性に対する性的なものが皆無っていうことだから、俺の恋の定義からはアウト。
まあ、その後の彼女の経歴を考えると、「すてきな初恋の想い出」にするなら、コーンの方が適任なのかなと、俺の定義とは外れたコメントをした。

でもなあ、「妖精」があんな色気丸出しのモデルになってるって、認めるんだから、乙女心は謎だ。
ていうか、「クオン」が「コーン」であるかなしか、ってことより、れっきとした「男」に興味があるキョーコちゃんだってことなんだよなぁ。
・・・光君、気の毒すぎるよ。
しかも、こないだの青年がホンモノなら、キョーコちゃんは何度か会ったって事なんだろうか?
まあ、いっか、婚約者ごっこはまだ継続みたいだし。
いずれ、謎はとけるだろ。


「先生はモデルとか俳優とか考えたことなかったんですか?」
それは奏江ちゃんの一言だった。
「え、こんな俳優いたら、奏江ちゃんこきおろすよね?」
彼女は真摯に演劇に取り組んでいるし、そもそも、俺みたいなタイプは嫌いなようだし。
「真面目に演技してたら、そうでもないですよ?」
日差しが傾いて、夕暮れ手前。
店内にお客がいないちょっとの休憩のような時間。
「そうなんだ、でも何、いきなり?」
「ホラ、先生はイケメン作家とか、写真撮られたり、テレビでたり嫌がらないじゃないですか。」
ツーンという奏江ちゃんの言葉は、ちょっと胸に痛いけど、照れ隠しとも知ってはいるわけで。
「ああ、目立つのは好きだからなぁ。ま、実はモデルは少しかじった。」
「やっぱり。」
「学生モデルみたいなやつ。でもな、一生の仕事には思えなかったから、作家でやってける収入得てからはやめたけどね。」
苦笑する。いい加減て、奏江ちゃんに怒られるか?
「一生の仕事、か。」
奏江ちゃんはそう言って黙ってしまった。
「なに?悩み事?」

「悩みってほど、ちゃんとしたものではないです。」
「まあ、俺なんかじゃ何にもアドバイスできないけど、話してみる?」
奏江ちゃんは、ちょっと眉を寄せた。
綺麗な貌なんだよなぁ。あとは色気が少々ほしいけど、年相応かな。俺、オヤジか。
「色気ってなんでしょう?」
あわっ、叫ぶかと思った。
「私の演技に色気がないって。」
「え?」
「所帯染みてるなんて、厭なんです!」
「なんで所帯染みてる??」
俺の目は泳いだ。
「ていうか、どんな演技をしていて、それをいわれたの?」
「・・・片思いの先輩にプレゼントをするっていう。」
あああ、そりゃ、仕方ないよ。と俺の内心は言っているけど、口にはしない。
「そういうこと、奏江ちゃんは、したことなさそう、、ていうことが答えなような気がするな。」
「したことなさそう、、ですか。」
気まずい沈黙。俺としたことが。。。
「まあ、そうなんですよね、プレゼントなんてあげようと思ったことないですから!」
いや、あの、そこじゃない、、片思いなんだけど。
つっこむのが怖くて、俺は黙った。


「あ、先生いらっしゃいませ。」
カランコロンと開いたドアの向こうには、テンちゃんのアシスタントの姿。
「少々お待ちくださいね。前の方がまだ。」
「あ、いーよ、気にしないで。」
表の席ではないから、タレントとか著名人が相手なんだな、などと思って、雑誌を手に待合のソファーに座る。
テンちゃんがいる時に髪を整えて貰う。
一度彼女にカットしてもらったら、他ではちょっと無理。
男の短髪なんて大差無いなどと言ってはいけない。
違うのだ。

並み居る美女が褒めてくれるぐらい、違う。
「テンちゃんに振られたんですね?」
と、目の肥えた銀座の高級クラブのママさんに言われるぐらい。テンちゃんじゃない人にカットしてもらった後には大概そこが会話にキッカケになってしまうぐらい差がある。
まして、ココ以外で切ったら、光君にもわかるぐらい、なんか野暮ったくなりましたね。になっちゃうのだ。
だからアシスタントも凄いけど、やはりテンちゃん。

「あ。」
出てきたのは、敦賀君で。
お互いに、変な顔になる。

「やあ。」
テンちゃんの手前もあった。
けれど、時々自分でもこの手の愛想のよさにガッカリする。
俺は、本気であの時怒ったんだから。
「こんにちは。」
敦賀君が、頭を下げた。
だから、またそれにつられる。なんで無視できないんだ俺。
「なぁに、知り合いなの?」
テンちゃんの声。
「うん、、、、まぁ。」
テンちゃんが腰に両手を当てて、見ている。

「蓮ちゃん、先生に何かやらかしたんでしょ?」

プンプンと絵に描いたようなふくれっ面のテンちゃんに、俺は目が点になる。
「やらかした、、って。」
困った顔の敦賀君についイタズラゴコロが働いた。
「キョーコちゃんに暴言吐かれたんで。」
「なんですってっ!!」
テンちゃんが真っ赤になって、目が釣り上がる。
「何言っちゃったのっ?!」

「キョーコちゃんは俺の婚約者に相応しくない、みたいな。」

「蓮、ちゃん!!」

小柄なテンちゃんが190cmはあろうかという男より、大きくみえた。

「いくらキョーコちゃんが好きだからって!」

「え?」

敦賀君が真っ赤になって立ちすくんでいた。

、、、キョーコちゃんが、好き?

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初出 2014/1/13~2014/1/18
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