もかふぇ

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「先生それはやめてくださいよ!」
カウンターから光くんが声をあげた。
店内に客がいないし、状況は見てるんだけどな。
「だってさ、せっかく社くんが買ってきてくれたんだよ?あったかいウチが美味いんだしさ。ねえ、奏江ちゃんもどお?」
カンキロウのたい焼き。
俺の小説を毎月掲載しているLME出版の社君は俺の担当であり、甘味仲間でもある。だから、仕事のついでに話題の甘味を持ってきてくれるのだ。
カウンターから黒髪美少女が怪訝な視線を投げる。しまった、奏江ちゃんに振ったのは失敗だ。
「ゴメン、わかったよ。キョーコちゃんとこで食べてくる。」
俺はかじりかけたたい焼きを紙ナプキンの上に載せ、ノートパソコンを閉じた。

【もかふぇ】

大きな街路樹のある道にちょこちょこと店が並ぶ。
この喫茶店はその店の一つ。
執筆の合間に飲むコーヒーと気分転換で愛用していたのだが、ある時オーナー店長が倒れ、俺がオーナーになることになった店。まあ、それだけ入り浸っていたわけで。
出版社の編集とうちあわせしたりにも都合が良かったし、人間観察にもってこい。
カウンターの内側は、元々のスタッフだった石橋3兄弟がいるから、資金援助しつつ我儘に利用しているといった所。だから、締め切りに間に合わなくて、行方を眩ませたい以外は奥のテーブルで執筆したりしている。

あ、俺の名前は、貴島秀人。一応、人気恋愛小説家。軽めの爽やか路線。だから文学賞とかには縁がない、負け惜しみとかではなくて、目指したことがない。女性誌の恋愛コラムとか、わりとそういう仕事が多いし、それを楽しんでる。作家仲間よりは飲み仲間とか、甘味同盟とかの付き合いの方が多い。雑誌もテレビもこだわりなくでちゃうしね。

・・・キョーコちゃんとこに行くって知った時の光くんの顔は、わかりやすくっていいよね。
おもわず、笑みが漏れる。彼をモデルに書いた作品は、青春の甘酸っぱい出来上がり。

「こんにちは、貴島さん。」
にっこり微笑んで、キチンとお辞儀をしてくれるのが、キョーコちゃん。
もかふぇの3軒先の手芸品店の店長をしている子。凄い人形を作るらしく、その筋では有名らしいけれど、俺との付き合いは、甘味同盟。キョーコちゃんはパティシエでもやっていけると思うほどの腕で、もかふぇの隠れスイーツを提供してくれている。
「こんにちは。さっきね、社くんがたい焼き持ってきてくれてさ。」
「ああっ、カンキロウの新作ですね?!」
「さっすが、キョーコちゃん!うちの光くんが店では食べるなって言うんだけどさ。」
キョーコちゃんが大きな目を嬉しそうに細めたので、俺は内心社くんと光くんに感謝する。
「渋めの緑茶、ご用意しますね。」
もう、このツボをついたお茶のセレクト。これを幸せと言わずして、なんというのか!
「ありがとう、キョーコちゃん。」

「やっぱり、たい焼きにはコレだね。ありがとう。」
手芸品店の作業テーブルの上にはたい焼きと急須。
キョーコちゃんが湯呑みでお茶を出してくれるようになった。
当初はお客様用の小さなものだったのが、近頃は俺が長居をするので、寿司屋ででてくるような湯呑みでたっぷりお茶を注いでくれる。

「社さん、和菓子系がお強いですよね。」
「んー、それもあるけど、洋菓子はキョーコちゃんのが美味しいから、よっぽどじゃなきゃ持って来れないんだよ。」
昨今はやりの眼鏡男子な社君は、仕事も有能だが、結構な二枚目だと思う。さぞやもてるだろうと思いきや、彼女がいるとかそういう話はほとんど聞かない。
まあ、キョーコちゃんのシフォンケーキを前にするとただの乙女だし。あの崩れ方は、、ちょっと恋が醒めるかもしれないな。
「あのきりーっとした顔で、カンキロウに並ばれてるんでしょうか?」
「だよね。俺も一回それは見てみたくてさ。デパ地下とかさ。」
キョーコちゃんが楽しそうに笑う。
彼女は、この通りの人気者。この笑顔に釣られている男は数知れず。

「そういえば、貴島さん、、この前の連載、あれ、私じゃ、ないですよね?!」
一瞬で掻き消えた笑顔の代りに、現れた般若顔。
「違うって、、何、自分だと思うような感じだった?」
「いや、あの、その。」
般若顔がまたすぐに、恥じらう乙女顔に戻る。
この豊かな表情は見ていて飽きないんだけれど、あとも少し足りないものがある。
「でも、俺の作品読んでくれてるんだ、嬉しいな。」
「それはもう。社さんが雑誌やら本やら持ってきて下さるし。」
「ああ、そっか。読まされてるって感じなんだ、残念。」
お茶をすするとキョーコちゃんの困った顔。
「だって、貴島さんの小説って、恋愛ものじゃないですか!」
「そうだけど?」
「私、恋とか、愛とか、、よくわからないんです。」

*****

もかふぇは年中無休、、
なのに、この並木通りのほとんどの店は何故か水曜定休だ。
理由は単純。
もかふぇの隠れメニューの日。
手芸品店のキョーコちゃんがカウンターで微笑んでくれる曜日なのだ。ただし、隔週。
絶品スイーツの噂におとなう客もいるが、隔週だと知るまでには何回かの空振りを経験することになる。スイーツに関しては不定期でも、焼き菓子は常に販売しているのだが。
キョーコちゃんがサーブしてくれるのは、隔週水曜日のみ。

「いらっしゃいませ!」
キョーコちゃんの明るい声。
そもそもは、アルバイトで来てくれてる奏江ちゃんのピンチヒッターだったのだ。近所のお店とはいえ手芸用品に縁はそうそうない。
奏江ちゃんがもかふぇでアルバイトをすることになったのも、親友のキョーコちゃんをたずねてきていたからだし。

「あれ、社君。」
こないだのたい焼きの御礼を言おうとして、俺は視線を止めた。
社君が連れてきた青年に。
・・・社君って、ソッチ系なのか?
「先生、また何か余計なこと考えましたね?」
社君が意地悪そうな顔つきになった。
「うん、社君が水曜に人連れてきたって、おどろいた。」
そう、キョーコちゃんの新作ケーキの前に顔が崩れる自覚は社くんにはある。だから、たいがい壁際に座って黙々とケーキを楽しむのが常だ。それにしても隣の青年、芸能人か?

「先生、えっと、敦賀くんです。うちの仕事を手伝ったりしてくれてて。」
「へえ、俺てっきりモデルかタレントさんかと思った。、、はじめまして。貴島です。」
俺は立ち上がり、敦賀君に握手を求めた。
立ってみたら、俺より身長がある。随分整った顔だなぁ。
「はじめまして、先生の本、よく読ませていただいてます。」
にっこり笑う顔。返してきた握手はガッチリしてる。
「へぇ嬉しいね。俺の本て男うけしないから。」
「そうなんですか?」
敦賀君は俺の顔をみてから、社くんをみる。
「まあ、男性向けじゃないからね。」
そうなんだけどさ、なんか変な言い回しだと思うのは気のせいか?
・・・社君、俺はここでカミングアウトとか、されたくないんだけどな。
ちょっとしぶしぶと俺は座り、二人は俺の対面にごそごそと座る。壁際に社君、通路側に敦賀君。
せっかくのキョーコちゃんのケーキを野郎三人で食うのか?と俺のテンションは一気に下がる。

「いらっしゃいませ。」
テーブルにキョーコちゃんが俺のコーヒーと二人分のお冷やを持ってきてくれた。
「社さん、先日のたい焼きごちそうさまです。貴島さんから、お裾分けしていただいちゃいました。」
キョーコちゃんがにこっとすれば、俺もすこし浮上する。
「キョーコちゃんに喜んでもらえて良かったよ!」
社くんがだんだん乙女化していく横で、敦賀君は無表情。
・・・・おいおい、社く〜ん。


「まだ、席もケーキもあるよね?!」
バターンと駆け込んできたのは、、、村雨。
この並木道のコンビニ店長。奏江ちゃんにこっぴどく怒られてから、制服では来なくなった。元族で喧嘩が強いから、この通りの用心棒ではある。黙っていればいい男なんだろうが、なにしろ熱いので、些かめんどくさい。
キョーコちゃんに喧嘩の傷を手当てしてもらってから、一途にアピールしているけど、どうも滑りがち。

そんな感じで、キョーコちゃんがいる日の、「もかふぇ」は野郎ばっかりになりつつある。しかも、だいたいがこの並木道の店の連中。まあ、奏江ちゃんがアルバイトに来てくれるようになってから、その傾向はあったのだが、できれば、女のコが集まって欲しい俺としては、営業戦略を誤ったというべきか。

「村雨さんも相変わらずですよね。」
いかにも呆れたという口ぶりは、千織ちゃん。俺のアシスタント。
「や、彼もいないと面白みがないっていうか。」
俺はホッとして隣の椅子を千織ちゃんにすすめた。
目の前の男二人から、意識をそらせたい。

「こんにちは、社さん。」
千織ちゃんの挨拶。
「こんにちは、千織ちゃん、なんだか久し振りに会うね。」
社くんがにっこり笑う。
「そうでしたっけ。ああ、新開さんの手伝いしてたから、すみません。」
千織ちゃんは文学少女で作家デビューを志しているが、如何せんサスペンス小説。なんで俺のアシスタントなのかは、よくわからない。彼女もキョーコちゃんのお友達。
「こちらは?」
ああ、そうだよね。にこにこと千織ちゃんに笑顔を向ける敦賀君。
「あ、社くんが連れてきた、敦賀君。えっと、彼女は俺のアシスタントをしてくれてる天宮千織ちゃん。」
「はじめまして、社さんのお連れ様なんて、珍しいですね?」
「まあね、脅されなければ、一人で来たかったんだよ。」
社くんはややため息混じり。
「へ?脅す?」
千織ちゃんは真っ正直に、敦賀君を見た。
、、、俺は、カウンター席に移りたいと切に願った。偏見はないつもりだが、知り合いの、仕事の担当者の痴話喧嘩になんか、巻き込まれたくない。

「キョ、キョーコちゃん、今日のは何かな?」
俺の声は裏返ったし、不自然だったろう、、。
しかし、キョーコちゃんは微笑んだ。
「スィートポテトのタルト、なんですけど、ちょっとヒネってみました。」
その微笑みにつられるように席を立ち、カウンターに寄る。
カウンターについたところで、キョーコちゃんも光くんも、顔を寄せてきた。
「社さんの彼氏?」
光くんがヒソヒソといい、キョーコちゃんは真っ赤になり、俺は血の気を失った。
俺は恋愛小説家。ノーマルでライトな恋愛がモットー。
担当がアブノーマルだったからって、別に、どってこと、、、ない、、けど。
「せ、先生、真っ青ですよ。」
光くんが心配そうにいう。
「うん、なんか調子悪いから、俺、今日は帰るよ。キョーコちゃん、ごめんね。」
「いえ、お大事になさってくださいね。後でよかったらおじやでもお届けしますよ。」
「ほんと、ありがとう、嬉しいな。じゃ。」
俺の住まいは裏手のマンション。
自分で驚くほど動揺して、もかふぇを後にした。


「いや、昨日はほんとにごめんね。」
光君と千織ちゃんを前に、朝の挨拶もそこそこに頭をさげた。
「あの、気持ちわからなくもない、ですし。」
ぼそっと千織ちゃんが返してくれた。横で光君もうなずいている。
「先生のほうが、俺たちより社さんと付き合い長いんですから、フクザツですよね。」
「うん、ショックだったよ。」
俺はため息をついた。実は俺が帰った後に疑惑が否定されてたりしてね、と淡く期待していたとは二人に言えない。
「あの、しかも先生、、言いづらいんですけど。」
千織ちゃんが持ち上げようも無いほど暗い声で、ちらちら光君をみながら切り出した。
「えと、敦賀さん、キョーコちゃんのスイーツ目当てじゃなくって、、、、。先生に会いにきた、そうなんです、けど。」
二人が気の毒そうに俺を見た。

「俺?」

「先生帰っちゃったあと、私ずっと捕まっちゃったんですよ、先生のアシスタントって何をしてるのとか、作品のモデルがいるのかとか。」
「まじで?」
「まじです。キョーコちゃんが気を使って、さりげなく話題をそらしたんですけど。」
「社さんは例によって、キョーコちゃんのスイーツ絶賛話で、こっちの戸惑いに頓着無しです。」
「ごめんね、千織ちゃん。」
千織ちゃんにべっこり謝ると、彼女はいえいえと手をふった。
「人間観察としては勉強になりました。だって、社さん奏江ちゃん狙いだって思ってましたし。」
「そうだよね。」
俺と光君は大きくうなづいた。
「あ、キョーコちゃん、大丈夫だった?俺、謝って来なきゃ。」
「大丈夫でしたけど、先生のこと心配してましたから。」
「じゃ、ちょっと行ってくるね。」

そして、俺はキョーコちゃんの手芸品店の前で立ち止まる、およそ手芸とは関係なさそうな白人青年をみつけた。
ここの通りを訪れるのは男ばかりか。
-----俺は店の前の青年に一瞥をくれただけで、キョーコちゃんのお店に入った。
「いらっしゃいま、おはようございます!」
「おはよう。昨日はごめんね、キョーコちゃん。」
「とんでもないです。お加減良さそうですね。」
「ありがとう。」
「あ、貴島さん、ちょっと待って下さいね。」
キョーコちゃんがにこっと笑って奥へ入っていく。
「朝からでも食べれるお味だと思うんですけど。」
「!いただくに決まってるよ〜ありがとう〜」
昨日、食べ損ねたタルト。
「じゃ、お紅茶にしますね。」

「昨日の敦賀さん、不思議でしたね。」
「、、うん。そうそう、千織ちゃんに助け舟してくれたんだって?ありがとう。」
「いえいえ、千織ちゃんがもう、明らかに困っちゃってたので。」
「社さんに質問してみたんですけど、なんだか要領えなくって。」
俺は紅茶をごくりと飲み込んだ。
キョーコちゃんすごいな。
「敦賀さん、甘いものは苦手だっていうわりに、このタルトは美味しかったとか、また、食べにいらっしゃるようなことおっしゃってたんですけど。」
キョーコちゃんの眉が寄る。
「貴島さんの小説にでてくる、「遥」は君がモデルなんじゃないか?って」
「へ。」
遥、、は確かにキョーコちゃんのお料理上手ぐらいの要素は入っているけど。
「すごいファンみたいですよ。貴島さんの。」
「なんだか、微妙だよね。」
「どうします?」
「きょ。キョーコちゃん?俺、無理、むりむり。」
キョーコちゃんの顔は真剣に心配という感じ。
「え、それはわかってますけど、またいらっしゃいますよ?きっと。」
「・・・キョーコちゃん、俺、そっちのほうはどう避けていいかもわかんないよ。」
美味しいはずのタルトが、喉にひっかかる。

「うーん、貴島さんの彼女の振りしましょうか?」
「えっ?」
「それは、もう、お世話になってますし、、。」
にこにことキョーコちゃんが話す。
俺はかつてキョーコちゃんに想いを寄せたりもしたが、彼女の生い立ちやら相談に乗るうちに、ちょっと違う立ち位置になった。その辺をキョーコちゃんは察している。彼女の苦手な恋愛を匂わせない男。かつてしつこいストーカーまがいの男を相手に、婚約者だと名乗った事もある。
「ありがとう、でもほら、向こうは社くんだからなぁ。」
「そっか、そうですよね、、、ただ、ちょっとあの。」
キョーコちゃんが声をひそめる。
あ、ナルホドね。キョーコちゃんの事情もあるわけか。
「わかった、じゃ、あの時の小道具も復帰するかな。」
「まずは、社さん、ですね?」
キョーコちゃんの緊張した面持ち。
「まあね、あ、昨日の看病で俺が強引に事運んだ、でいいんじゃない?」
ふふふとキョーコちゃんが笑う。
「貴島さん、ほんと作家さんだって思いますよ。」
「時々、酷いこと言うよね。」

キョーコちゃんと計画をざっと練り込んでから、「もかふぇ」に戻った。
この計画で、協力してもらわなきゃいけないのは、光君に千織ちゃん、奏江ちゃんもか。
まあ、村雨が乗り込んできても、いなす元気はあるし。
めんどくさい連中も増えそうだけど、背に腹はかえられない。

「じゃ、明後日のパーティーはキョーコちゃんと行くんですね。」
千織ちゃん。そうです、君が心配していた出版社の記念パーティ。そう、心配していたのは俺がまたあちこちのお嬢様方に声をかけまくることだから、キョーコちゃんと行くときいて安心したよね?
「うん。そうじゃないと、意味をなさないだろ?」
「キョーコちゃんの事情って何なんですか?」
光君の暗い顔。ごめんね、俺は君には本当にすまないと思う。
「聞いてないよ。言いたくなさそうだし。」
「・・・先生のいい所ですけど。」
奏江ちゃんが呆れている。
キョーコちゃんが婚約者のフリなんていいだすのは、よっぽどの事態だと俺は思っている。冗談でそういう事を言える子じゃないし、俺に気があってだとしても、そういうアプローチはないと踏んでいる。そして、俺は面倒くさい話は嫌いなのだ。
「奏江ちゃんは何か知ってる?」
光君がすがるような目で奏江ちゃんを見る。
「いいえ。」
あ、知ってるんだ。
「それにしても、見たかったな敦賀さんって人。」
奏江ちゃんの発言に、千織ちゃんも光君も固まった。
それはそうだ。
社君は奏江ちゃんが甘党でないことを知らずに、一生懸命差し入れをすすめたり、彼女が演劇にのめり込んでると知るや、自分のところの出版社の雑誌などそれとなくプレゼントした過去がある。
さすがの奏江ちゃんも社君の好意には気づいていたような気がしてた。
「タレントかモデルかってぐらい、端正な顔だし、スタイルもいいよ。」
千織ちゃん。
「面白いわよね。キョーコも千織も「かっこいいーキャーっ」じゃなくて、社さんと先生の心配するなんて。」
ああ、そうだよね。奏江ちゃんがいてくれたら、もうちょっと冷静になれたかな。



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初出 2014/1/13~2014/1/18
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