anyway

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それはほんとに、些細な一言だった。

「こういうのが好みなんですか?」

そう尋ねられて、

「彼女が好きそうだなと。」

蓮は何気なく答えてしまっていた。

回りの空気が張りつめたのを感じて、蓮は冷静を装って、質問者に視線を向ける。
質問者はいわゆる局アナといわれる女性で。
蓮の隣に立っていたのは、今度のドラマの共演女優で。
二人とも、ピンクのハートに羽根というモチーフをつけそうにない、きっちりしたスーツに身を包んでいた。

仕事中である。
番宣中である。
刑事物ドラマの最初の現場がジュエリーショップで、そこから、クイズをだすことになっていたのである。
そう、単純な撮影だった筈だった。
役柄的にのんびりしているのに、いざとなると豹変する感じなために、相棒の女性刑事に苛立たれながら、
「ジュエリーって、色々あるんですねぇ」と返すのが、蓮の仕事であった。

・・・こういうの、最上さん好きそうだな。

ふっと目に入ってしまったハートモチーフのペンダント。
「可愛い!」
目を見開いて、頬を染める姿を思い描いて、フッと微笑んでしまったのだった。


「彼女。」
局アナと共演女優が同時に言った。
クルーも固まり、
社は真っ青になった。
蓮の役設定にも「彼女」はいない。
どう考えたって、いや、どう見たって、あれは「敦賀蓮のプライベート発言」なのだと判定が下る。

そして、社以外の誰もが、熱愛中の恋人像を妄想した。
蓮の見ていたのがハートモチーフのペンダントだとわかっている局アナと共演女優は、可愛い系のふんわり美少女を思い浮かべた。
アイドル系?
やっぱり敦賀さんもただの男子?
なにか大人の色気で迫る二人には、自分たちがスルーされている理由がもやもやと胸に迫る。

・・・まさか絶賛片想い中の相手だなんて。
誰も思うまい。
「あれ、なにかありましたか?」
蓮はまるでその空気を察していませんというように、微笑んだ。

そう、カメラは回っている。
クイズを出すのは共演女優の仕事である。
「なにか?じゃないわよ。仕事して頂戴!」
とっさにキリキリした相棒刑事にもどって、彼女は言った。
そして、撮影は終了した。


「つ、敦賀君、さっきの発言、あれは何?」
カメラが止った瞬間に、共演女優が蓮を捉まえる。
「え、なんですか?」
蓮はにっこりと笑顔を浮かべる。
「彼女が好きそうって。」
「いやだな、三上って妄想癖ありそうだって思っただけですよ。」
三上は蓮の役名であり、のんびりした刑事という設定ではある。
「あ、あ、そう、そうよね~あんな可愛らしいもの、そうよね~。」
共演女優が心底ほっとしたように笑って、お疲れさまと言った。
「お疲れさまです。」
蓮は内心ため息をつく。

仕事中に意識が飛ぶこの恋心に。
そして、自分の彼女と世間一般が想像している女性像には、どうも可愛らしいという要素がないようだということに。
・・・好きなんだから仕方ないじゃないか。
・・・ていうか、最上さんにもああやって、言われるぐらいだし、俺ってそんなイメージなのか?


「蓮。」
社がおそるおそる声をかける。
「すいません。」
蓮は反射的にそう答えていた。
「いや、謝る必要はないんだけど、、あれ、買いたかったのか?」
社が、件(くだん)のショーケースをチラリと見る。
「え?」

ショーケースには局アナがかじりついていた。
・・・買うんだ。

「諦めろ。」
社はぽんと蓮の背中を軽く叩いた。
「はい。」
慣れない恋心に振り回される、業界随一のいい男は肩を落とした。


anyway(ところで)
この一件が、狭い業界内をかけめぐり、
蓮の想い人たる
例の恋愛曲解回路つき少女の耳に入ったかどうかは、別のはなし。


end


web拍手 by FC2 初出:2014/9/10
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