Myth.BLUE BELL

Act 7.父子


人の感情は時にどうにもならない迸りをみせる。
海を見て、打ち寄せる波をみて、沸き上がる感情を思う。
こんな自然を見つめているのでなければ、
都会のビルの中をせわしく行き交っていれば、
こんな感情とは無縁でいられたのだろうか?


オープニング


ざらり
頬をなでた生暖かくざらっとした感触に、怜は眼をあけた。
「もう少し寝かせてくれよ。」
枕元でちょこんと丸くなった白猫が、チリリと鈴を鳴らした。
カーテンの隙間から、部屋に日が差し込んでいる。

明け方のあの会話からして、家族で朝食という気分にはなれず、さっさとシャワーを浴びてベッドに潜り込んだ怜だった。
久しぶりの逢瀬に張り切ったつもりはなかったのに、身体は正直というのか、心地よい疲れにぐっすりと寝ていたのだと、壁の時計を見て思う。

・・・呼びに来なかったな。

父は一人で「会合」にでかけたらしい。時計は2時をすぎていて、開始時刻をとっくにすぎていた。
そもそも、今回の帰郷は別々だった筈なのだ。
だから、こちらでも別々の予定ではあった。ただ、揃って行った方が良い先もある。
「鳴良くんの縁も大切だからな。」
「そうですね。」
眼を合わせず、二人並んだ車の後部座席での、会話。
父が頓挫した、「計画」。

「坊ちゃん育ちは理想が高くてな。」
父がこの鳴海の家で、そう評価されていると怜が知ったのは、中学の頃だったろうか。
「理想が高い」は政治家としてあるべき姿だろう、と思ったが、それが皮肉だったとわかったのはもっと後の事。
東京の若手企業家と手を組んで、開発計画をたてていたと知ったのと同時だった。
その頓挫した開発計画を、こちらでは「理想」と揶揄していたのだ。

「鳴良です。」
山延から、友人と紹介された長身の男の、その名字を聞いて、怜は不思議な感覚を持った。
「鳴りの字は珍しいな、出身はどこ?」
「俺は東京ですけど、父はS県ですよ。」
「なんだ、うちの地元じゃないのか、残念。」
それが、父と組んだ企業家と同じ名字で、その息子とわかるのに、半日もかからなかった。
事務所にはNで始まる企業の寄贈記録がある。

「因縁かねぇ、世間が狭いだけかな?」
剣はその頓挫した計画をしらないと言った。
ポーカーフェイスだから、ウソかもしれないと思いつつ、その後の展開からすると、あの時は本当に知らなかったのだろう。
開発計画が頓挫することは、そう珍しくはないらしいし、計画自体、20年も前では昔すぎる。
「面白そうな土地ですね。」
計画の再検討をしないかと言い出したのは、どちらだったか。

ーチリン

猫が床に降りた。
怜もまた、ベッドから降りる。
そして、分厚いカーテンをめくり、外を眺めた。

・・・茶会?

緋毛氈が眼に飛び込む。
生真面目に座っている剣と対峙している蝶子の姿。
ぎこちない蝶子の手さばきに、つい微笑みが漏れる。

・・・まだ、子供だなぁ。

後見をしている母の視線は、蝶子と剣を行ったり来たりしていた。
どちらかといえば、剣を観察するために、蝶子を利用しているようにさえ、見える。

・・・山延の後釜と思ったか、あの名字に引っかかっているか、どっちかな。

ーチリン

怜は足元にすりよってきた白猫を抱き上げる。
「女は素直が一番いいよ。」
にっこりと笑いかければ、猫がゴロゴロと喉を鳴らす。
「いい子だ。」
そして、怜は時計を見直した。
・・・お茶会ごっこの間に、出てしまうのがいいか。



森


日が傾きかけた玄関口。
「昼間は済まなかったね。」
怜が苦笑いして、剣に声をかけた。
ちょうど、それぞれが屋敷に戻ってきた夕暮れ時。
「?」
「蝶子の習い事、お付き合い頂いてた、だろう?」
冗談めかして、怜は肩をすくめる。
「あ、ああ、野点の会だとか、怜さん、みてたんだったら。」
剣が少し眉を顰めた。
「救い出してくれって?ごめんな、俺もそれなりに用事ってものがあって。ま、お詫びに、今晩は旨いもの食べさせてやるから。」
「??」
怜の言葉に、剣が頚を少し傾ける。
「この辺り海の幸も山の幸もあるからね、隠れた名店はあるわけだよ。ただし、片道結構かかるけどな。」
「へぇ、フランス料理かなにか?」
剣はオーベルジュかなにかと思ったらしい。
「あ~完全に和食だ。政治家にはお似合いの古い料亭。ちなみに、あと1時間ぐらいで此処を出たいけど、大丈夫?」
「それはもちろん。」
「じゃな、あとで。」
怜は剣の足元に眼を少し、止めた。
ワークパンツの裾、トレッキングシューズについた、、砂汚れ?

剣の去り際に薫ったのは、、花の香り、、リンドウ?

・・・まさか。

怜は頚を振った。
この辺にリンドウはあちこちに咲く。

・・・あの屋敷のリンドウだとしたら?

ーチリ、チリリン

・・・あの屋敷を、剣が見てしまったなら?

「な?もしかして、花畑でも見てきた?」
怜は剣の背中に声をかけた。
剣が怪訝な顔で振り向いた。
「花畑、ですか?」
「花の、、そうそうリンドウの薫りがしたから。」
にやりとした顔で怜は剣に訊ねる。
「リンドウの薫りって、良くわかりますね?」
剣がごそっとジャケットの胸ポケットに右手を入れた。
「そりゃね、この周辺に結構咲いてるんだ、、この時期は。」
その剣の右手を伺いながら、怜は背中に流れる汗を感じる。
取り出されたのはリンドウの花。
「・・あの廃墟にね、咲いてたんですよ。なんだか、綺麗な花だなと。」
そっと大事そうにその蒼い花を見る剣に、怜はほっと胸を撫で下ろす。
「なんだい、案外乙女チックだな。」
安堵が軽口をつかせた。

「花は、、好きですよ。」
ふっ
剣のその微苦笑とでもいう顔は、怜には見た事の無い表情で。
ここに女どもでもいたら、黄色い悲鳴でもあがったことだろうと、思った。
「それにしても、胸ポケットに入れるなんてね、栞にでもするのかな?」
揶揄う口調で怜は言葉を続ける。
「それもいいかもしれません。山延の土産ぐらいにはなりそうですね。」
剣が何かをはぐらかした気がしたものの、怜はそれに言及しない。
「ああ、そうだね。けど感傷的すぎる気もするな。」
怜は肩をすくめた。


竜胆



どうして、摘んでしまったのだろう。
剣は手元のリンドウを見つめた。

怜にウソはついていない。
父達の開発計画の遺物。それを見に行ったのは本当だから。
そして、そこにもリンドウの群生があって。
ただ、群生から離れて、ぽつりと咲いていた一輪に、眼を奪われた。

幻覚のような風景が、その花に重なる。


ーーーチリリ・チリリ
ーーしゃらしゃらっしゃらしゃら

ーーーヨウコソ・・スズナリミサキヘ

クスクスクス
笑う綺麗な貌
コロコロと変わる表情
この世のものではないような

心奪われては、ならないような。

手にしたリンドウをテーブルに置いて、剣は荷物に視線を向ける。
飾るつもりや、怜にいったように押し花にして山延に土産だなどと、そんなことまで考えて手折ったわけではない。
ただ、手にしてしまったのだ。

荷物は、、あの書類は。
どうにか、意識を花から引き離したかった。
・・・夕食に出掛ける前に本社へ連絡は入れておこう。
メールはスマホにきているし、確認してはいるのに、無理にでも仕事を考えた。
持ってきた資料の結び目を確認する、その手がそぞろになる。

ちらり

視線が、テーブルの上の蒼い花に吸い寄せられる。

ーー鳴良サマ

あの綺麗な朱い唇が開くイメージが脳内を占拠する。
彼女は俺になにも言わなかったのに。

ーーヨウコソ


ーーーチリリ、チリリ


「あそこは「いわれ」がある土地だから。」
父が外を眺めながらそういっていた。
「いわれ?」
「よくあるだろう?切ってはいけない巨木や、入ってはいけない池や。」
子供を諭すかのような口振り。
土地の開発事業の中で、出てくる問題は様々だ。
そういった古いものを残すための開発の仕方もある。
現代はむしろ歴史を尊重する傾向にある、そういう時代になった。

「鈴鳴り岬には、何があるんです?」
剣は単純なものだと思ってたずねた。
「・・・強いて言うなら、、人かな。」
「人ですか?」
予想外の答えに、剣は戸惑った。
「そう聞かれると、違うようにも思えるな。人の心だから。」
「それは、巨木や池でも同じでしょう?」
気持ちの依り代として、なにか他と違うものを崇めたてる。それが「いわれ」と剣は考えてきた。
「・・・そうだな、そうやって、答えが見つかるなら、やりようがあるんだろう。」

ーーーチリーン

「怜君はわかっているのかもしれない。」
「岬にあるものが、ですか?」
「そうだね。彼はあの土地を継ぐ者だから。」
「それなら、彼はそれを残そうとは思っていない、ということなんですね。」
剣は父の背中に訊ねた。

「そうかもしれないし、、わかっていないのかも、しれない。」
まるで独り言のように。
「わかっていないなら、、、この計画は頓挫する。」

ゆっくりと再び剣を見た父は、優しい笑みを浮かべていた。

「でも、お前なら、できるかもしれないな。」

ーーチリリン

ーーヨウコソ・鈴鳴り岬へ

剣はリンドウの花を見つめて座り込んだ。




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**Cast**

敦賀 蓮・貴島 秀人

京子


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