Myth.BLUE BELL

Act 3. 兄妹

ーーーチリン、チリン

その鈴の音。
剣の神経をかすめていく、音。
『鈴鳴り岬』
その名の由来・・。
海から強く吹き付ける風が、荷役馬の首に下げていた鈴を激しく鳴らしたからだとか。
この辺りでは「錫」が採れることから、その音で賑やかだったことからだとか。

・・・すずなり

意味で解釈するなら、「鈴生り」。
神楽鈴のように房状に物が集まっている様をいうのだが、、「鳴り」その字を使うこの地名。
そして、「鳴海家」。
海が、、鳴る。
鈴が、、鳴る、岬。

剣は、蝶子の様子を見ながら、そんなことを頭に浮かべていた。
「鳴」その文字が、父達がこの土地に目をつけたきっかけだったと、何処かで聞いた気がしたから、少し調べたのだ。山延にはそういう興味はなかったらしく、名前の由来?と剣の質問に首をひねっていた。

蝶子は剣の視線を避けるように俯いて、落としたカトラリーを拾いに来たメイドに、食事を下げさせた。
・・・こんな時につついても黙り込むだけだな。
剣は視線を外し、ロールパンをちぎって、口に入れた。
元来、食が細く量は食べないが、味の良し悪しぐらいは判る。焼きたてなのだろう、香ばしい薫りが広がった。
「美味しいパンですね、、自家製?」
「え、あ、、多分。」
料理も、蝶子の興味には入らないらしい。剣の質問が意外でもあったのだろうが、この調子では会話がはかばかしくない。これなら、一人で食べさせてもらった方がいいと剣は内心がっかりした。
花も料理も装いも、、剣の周囲にいる女達は楽しそうにそれらを語るのに。

「あの、今晩はお父様もお兄様も帰っていらっしゃるから、ご夕食は賑やかだと、思いますわ。」

食後にコーヒーがサーブされて、蝶子は懸命にという感じで剣に告げた。
・・・この子も俺とは話がしにくいのか。
剣は手を止めて苦笑した。
「そうでしたか、怜さん、戻られるんですね。」

鳴海 怜

快活に笑う男の顔が、剣には浮かぶ。
山延の知人、最初はそういう付き合いだった。代議士をしている父親について秘書をしていると名乗っていた。実際、父の事業関連のパーティーでも顔をあわせるようになったから、鳴海氏の跡取りというのは、すぐに知れた。地盤を継いで、将来は大臣職ぐらいには就きたいものだよね、と、からりとそう言ってしまえる人柄が、ある種のとっつきやすさというか親しみやすさを醸し出していた。

「お兄様とはお知り合いって、お伺いしましたけど?」

蝶子の質問の意図を、剣は少し考えてしまった。
今回の訪問は代議士に話を通しているから、疾しいところはない。しかし、怜から水臭いだのなんだのと言われそうな気がする。
「ええ、それこそ、山延くんの縁ですけどね。」

「・・・・。」

蝶子がまた黙り込む。
剣は窓の外に視線を投げた。
怜の妹という感覚もまた、蝶子にはそぐわないような気がする。
・・・そうか。
剣は一つ思い違いを正した。
山延が、蝶子を怜の妹だと言っていたから、怜の華々しい印象で蝶子を想像していたのだ。まして、薔薇と例えられれば、大輪の花を思い浮かべる。だから、蝶子にイメージが重ならない。
怜というファクターが入らなければ、違うイメージをしたのかもしれなかった。

「山延さんは、、何か思い違いをされたんだわ。」

「えっ。」

「みんな、お兄様と親しくなりたいだけなのよ。」

剣は蝶子をまた、じっと観察する。
そこそこ年の離れた妹が、兄に抱く屈折した感情。

「まあ、それはそうでしょうね。」
そんな時は、そうでもないでしょう?と言うべきだったのかもしれない。ただ、剣はお世辞とわかりきったことを口にして女性を喜ばせるような優しさを、、持ち合わせてはなかった。
病床の山延が、ただ、哀れだと。
そちらが先立った。

山延は、兄の関心を得たいという蝶子の願いに、振り回されたのだ。

ーーーチリ・・ン

それが、正解、と云わんばかりの鈴の音。

「ごゆっくり、なさってください。」
蝶子が、彼女を呼びにきたメイドに促されて、席を立った。
「どうも、、ありがとう。」
剣は社交辞令そのままに、彼女に軽く会釈をかえした。

ふぅ

部屋に独り残されて、剣は息を深く吐く。

・・・怜さん達が帰って来たら、のんびりはできないな。

窓の外に広がる風景。

ーーーチリ、リリ、チャリン
白い猫がいつ戻ってきたのか、深い窓枠で伸びをした。

「お前、俺を案内できるかい?」
剣は猫に話しかける。
猫は首を傾げて、蓮をじっと見た。
右と左の目の色が違う。
碧い右目、琥珀の左目。

ーーーチャリン
猫は窓枠から飛び降りて、剣の足元に身体を擦り付けてくる。

くす

剣はその白い猫に従う気になって、椅子から立ち上がった。


*****

少し秋の気配の漂う空気に、潮の薫り。
岬からの距離もあるのかもしれなかったが、湿度もあまり感じられず、なにか高原のような空気感。屋敷と海を隔てる森があるのが大きいのだろうと、剣は思う。


「夕方には戻ります。」
メイドに言伝を頼んで、剣は屋敷を出ていた。
付かず離れずの距離で、白い猫が歩いていく。
屋敷裏にはバックヤードという感じのこじんまりとした庭園があるが、表は車寄せ。
猫は当然のようにバックヤードを突っ切っていく。

壁に這わせた蔦の先には、ちゃんと赤外線センサーが働くようにできているらしい。自然の造作には似合わない小さな機械が等間隔に突き出していた。
猫はその壁には登らず、庭園に積まれた石や煉瓦の上をひょいひょいと歩く。

「通用門」

植栽に隠されているような扉は、人が常に出入りするのであろう、蔦が途切れて雑草もなかった。
猫がその扉をカリカリと軽く引っ掻く。

「開けるのかい?」

剣はおかしなものだなと思いながら、その扉に手をかけ、開いた。
軽く外へ開いた扉。その向こうに続く小道。自転車の轍。迫る、森。
チリチリ
白い猫は楽しそうに歩いて行く。

少し紅葉が始まるのだろうか、
剣はのんびりした気持ちになって、景色を見渡す。
道は踏み固められた土だったが、何か歩きやすかった。

・・・あまり、音がたたないな。

そもそも歩き回るつもりはあって、トレッキングシューズにワークパンツといういでたちの剣だった。スーツに革靴の日頃とは違う。

森は手入れがされているのか、比較的明るく、窓から眺めていたような鬱蒼とした感じはない。散策に向いた良い雰囲気。剣は揺れる木漏れ日を眺め、枝葉の間にみえる空を仰いだ。

ーーーチリリン、チリ、

猫の鈴が大きく鳴って、剣は視線を斜め前へ向けた。

!!!

木立が少し開けた先に、広がる青紫の、煌めく景色。

・・・竜胆

一面に広がるリンドウの群生。
剣は足を止めた。
その花の名が一瞬にして頭の中にひらめいた自分にも驚く。

ーーーチリリ、チリリ、

木漏れ日が、青紫の色彩を明るく暗くする。

そして、その青紫の花々の先は昏く、その森の奥が深いものと伺わせた。

ーーーチリン、、シャラ、シャラ

掠める音が強くなって、剣は目を見開いた。

赤いリボン
長い黒髪

リンドウの向こうにスゥと掠めた影。

ちらり

振り返った姿に、剣はただ魅入られた。
仄白い小さな貌、光を帯びた大きな瞳、紅い唇。
なびく黒髪、羽根のように翻ったのは、、白い、、振り袖?

ーーーシャラ、シャラ、、チリリン

その音と共に、姿が木々の合間に、消えた。
剣は慌てて追おうとして、白猫に足元を掠められてバランスを崩す。

にゃぁ
猫が大きく口を開けた。

その猫の姿に苦笑を浮かべて、剣はリンドウのその奥に再び視線を向けた。


****


「ホント、水臭いよね。」
怜が笑った。剣はその予想通りの言葉に苦笑をかえす。
日が傾く頃、屋敷に戻った剣を怜が待っていた。
「この時間はここがいいんだ。」
夕日が窓の外の景観を染めるのがよくわかる、それは剣が朝食をとった3階の部屋で。
「どう?」
ショットグラスを怜が手渡す。
「食前酒で、ちょっと入れようか。」
戸棚から、ブランデーらしき瓶をとりだして、怜はその薫りを確かめる。

「先生にお願いしてれば、伝わるし、煩わしいかと。」
外の景色について評価を述べて、剣はそう怜に言った。
「ほら、そういうところがさ、水臭いっていうんだ。山なんか、連日のように俺に蝶子、蝶子って煩いのに。」
長身な怜だが、剣よりは低いから、立って会話をすると覗き上げてくる感じで、人懐こさが増しているのではと、思う。
「それは、そうでしょう、俺だって山延のソレが無かったら、お邪魔してませんよ。」
「、、うん、ま、そうだよね。」
自分で振っておきながら、怜は渋い表情になった。
「原因が、わからない、、、なんてなぁ。」
「・・・・。」
剣はグラスを傾け、そして、外を見つめる怜の様子を伺う。

怜は、山延と妹の噛みあわない感情を知っているのだろうか?



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**Cast**

鳴良 剣・・・敦賀 蓮
鳴海 蝶子・・松内 瑠璃子
鳴海 怜・・・貴島 秀人
山延 幸仁・・?
?にはお好きな俳優さんをご想像下さいませ!
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