Myth.BLUE BELL

Act 1.訪問者

「まあ、、、。」

海風の薫る中、訪ねた洋館の女主人が媚を混ぜた声と仕草で、剣を迎えた。
「無理を聞いてくださり、ありがとうございます。」
きちりと頭を下げた姿に、女主人が満足したのを雰囲気で、剣は感じ取る。

鈴鳴岬の鳴海家。
旧家。
古く長く其の地にあって、連綿と「由緒」を紡いできた家。
それらしく、明治初期に作られたと言われる洋館には風格がにじみ出ていた。
これだけの屋敷を維持してゆけるだけの資産、それに付随する権力。

剣は応接間に通されて、その贅を尽くした装飾に、少し眉をひそめた。
「ミニ迎賓館ってところかな。」
鳴海家を再三訪れていた親友がそう評していたのを、思い出す。
深い毛足の絨毯、綺麗に磨き上げられたガラスに調度品。
「蝶子さんは、そこに咲き誇る薔薇かな。」
親友の優しい微笑みが、剣の脳裏をよぎる。
「薔薇、ね。」
剣の皮肉めいた相槌に、君は案外女性に厳しいね、と彼は苦笑して、一度君に会ってもらいたいのにと言っていた。
こんな形で、鳴海家を訪れることになるとは、その時の剣には予想しない事だった。


「お待たせして、、ごめんなさい。」
窓の外を眺めていた剣に、鈴の音を振る様な可憐な声。
大きな真紅の天鵞絨のリボンで束ねた長い黒髪、少し翻った鮮やかな柄の振り袖。
「私が、蝶子です。」
綺麗なお辞儀から、小首を傾げて蝶子は、剣を見た。
「はじめまして、鳴良、です。」
ポっ、蝶子の白い顔に紅が差して、、剣は内心溜息をつく。
・・・どうして女っていうのは。
剣の少し日本人離れした彫りの深い顔立ちは、女性には兎角うけが良いらしい。
少し優しく微笑もうものなら、親しげに身体をすり寄せられるのは当然で。
この旧家の娘も同じなのかと、剣はゲンナリしたのだった。

確かに深窓の令嬢に相応しく、色白で肌理の滑らかな肌をしているし、黒目がちな瞳は大きくくっきりとしていて、「薔薇」とたとえた親友の評価を損なうものではない。
けれど、剣には、期待はずれだった。
・・・彼女ではない。
ーーチリン
「友人の代理で、参りました。」

剣の言葉に、蝶子はまた小首を傾げる。
「山延幸仁、といえば、お判りになられますか?」
「幸仁さま?」
その白磁の顔に変化は無く、剣はますます心を重くした。
「ええ、何度かお目にかかったのだと伺ったのですが。」
蝶子の視線がドアの方へ彷徨って、また剣に戻る。
「帝大の学生さん?」
「ええ、そうです。」
「あぁ、あの、、お優しい方。」
にこり
微笑んだ蝶子のそれは、、答があっていたのを喜ぶようで、まるで無邪気なものだった。
ーーチリン

「縁義姉様がお連れになられた方ね。」
ふふふ
蝶子が笑う。
ーーチリン
「蝶子、はしたないですよ。」
ティーセットを盆に乗せた女中を従えて、蝶子の母親である、この家の女主人が現れた。

「それで、山延様はどうなのですか?」
ゆったりとソファーに腰をおろした夫人が、剣に話をふる。
「あまり、良くはないのです。」
剣は声を落とす。
病に伏した親友は、蝶子に一目会いたいという。
やつれた顔が、蝶子のこととなると少し解れて、病を得る前の快活な顔つきに戻る。
ただ、剣の眼前にいる美少女は、ただの美少女で、、親友の欲した「薔薇」ではないように、剣には思えた。
ーーチリ、チリン
剣は少し耳を押さえた。先刻から、小さな小さな鈴のような音が、耳をかすめていく。
・・耳鳴り?

「ええ、縁さんから伺ってはおります。こちらとしては、、その、蝶子とは何かお約束もしておりませんし、、。」
夫人が言葉を濁す。
「早く良くおなりになられると、良いですわね。」
剣は夫人の顔も、蝶子の顔も見ずに、差し出されたティーカップを眺め言葉を聞き流す。
病床の親友の願いは、叶えられそうにないと、剣は心の中で詫びた。
眼前の二人の女は、山延の人柄よりも彼の持つ資産しか見ていないのに違いない、女とはそんなものだと。

「ところで、何かお近くで御用がおありとか?」
剣は夫人の声に、顔をあげた。
「ええ、まあ。・・ただこちらにご厄介になるのは、やはり、やめておきましょう。」
親友の許嫁、そういうツテで訪ねた家なのだから、と剣は帰る気配を漂わせる。
用事を済ますついでに、病床の親友を元気づけようと、蝶子から言葉なり手紙なりを貰いに来たと告げる口を剣はもたなかった。
「まぁ、そんなご遠慮はなさらないで。」
夫人のまた媚びを含んだ声。

「同じ鳴の字のご縁ですし、お父様の事業のお話も伺っておりますのよ?」

剣は夫人にただ頭を下げるようにして、その顔を見なかった。
胸にこみ上げた侮蔑を、そのままぶつけないように、ただ、黙ってやり過ごす。

ーーチリン、、チリン、、
「都会と違って、この辺りはまだまだ便も悪いですから、ご遠慮は無用ですのよ。」
「ありがとうございます。」
ーーチリリ
下げた頭をあげようとしたとき、剣の視界を猫がかすめた。
鈴の音は、猫の首輪かと剣は頭の片隅でほっとする。

そうして、剣は鳴海家に数日滞在することになったのだった。


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**Cast**

鳴良 剣・・・敦賀 蓮
鳴海 蝶子・・松内 瑠璃子
鳴海夫人・・・?
山延 幸仁・・?
?にはお好きな俳優さんをご想像下さいませ!
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